ボクの某国論
其の十四 白酒の飲み方 

薄暗い部屋で突然目が覚めた。此処はどこだろう?私はいったい何をしていたのだろう?考えても分らない。すると、私の脇には会社の某国人幹部社員が座っていた。「大丈夫ですか? 夕べは大変だったですよ」・・うん?どうも自分の家ではないようだ。起上ろうとした私の身体を社員が押し戻した、何本かの注射針が刺さっており点滴が流れているようだった。そう言えば・・昨晩は、接待だったな、途中で記憶がプツリと途切れていて全く覚えていない。
 しばらくたって 医者が来た「もう帰ってもいいよ」。付き添ってくれた社員曰く「夕べは、危い所でした、瞳孔が開いていたそうです」・・・え?!。それを聞いても 実感もなく ただ聞き流して家路についた。アパートに戻って 風呂でシャワーを浴びる。あれ?? 胸に赤い小さなアザが沢山ついていた。なんだこれ? そうか これは心臓マッサージを受けた跡だな、本当に死にかけていたのだ!

どうも三途の河のほとりまで行ったようだが 人民元六元ぐらいならあったはずだが、六文銭を持ち合わせてなかったのか 河を渡れず戻ってきたようなのである。今回は、運が良かったが もうちょっとで河を渡ってしまう所だった。こんなところで死んでは、ご先祖様にも妻にも申し訳ない。次回から注意しようと心に誓った。今回は、この時私を死の淵まで誘ってくれた某国の代表酒 白酒の話であります。

某国の代表的な酒はなに?と聞かれたら皆さんは何と答えますか、一昔前まで日本では、某国の酒と言えば老酒(ラオチュー)という名が頭に浮かぶ人が多かったようだ。父も某国酒=老酒だと信じていた。普通 日本人の指すその“老酒”とは、すなわち紹興酒のことである。しかし 紹興酒は、某国全体でみれば国を代表する酒と言うより 地方のブランド酒と言った方がふさわしい。やはり 某国を代表する酒種は、アルコール度の極めて高い「白酒」と言われる蒸留酒である。白酒とは、色の付いていない無色透明の蒸留酒を指す。某国赴任した(特に華中以北の場合)駐在員がまず洗礼を受けるのも この酒なのだ。

 私が最初に白酒と出会ったのは、某国ではなく台湾であった。台湾では、紹興酒を飲む機会の方が多かったが 白酒もたまには登場するのである。戦後蒋介石と共に流れ込んだ国民党の面々が某国各地の文化を持ち込んでいる。その多くの人が大陸で親しんだ「白酒」を好む為 台湾でも白酒生産が盛んになり 宴席となれば「白酒」も登場する。ちなみに台湾では「白酒」とは呼ばず 各銘柄でよばれており やはり有名なのは、大陸から来た「マオタイ酒」、そして 極めつけは、大陸と隣接するかつての激戦地 金門島の酒「金門酒」であろう。金門酒の中には、なんとアルコール度数90度近い種類もあって ここまで濃度が高いと酒と言うより工業用アルコールに近い。但し 品質の良い値の張る金門酒は、アルコール度数が高くても舌にビリビリ来ないし 喉越しが悪くない。喉を通過するときの“熱いという感覚”は強いが 甘みを感じるし、良い香りが漂っている。台湾では、マオタイにジュースを加えて ワイングラスでグイグイ飲まされた事もあったが 普段は友人宅などで語らいながらマイペースで飲む機会の方が多かった。それ故 悪い思い出は無い。

 さて 話を某国に戻そう・・・

私の場合 某国赴任してからこの酒が「白酒」と呼ばれているのを知った。白酒は、日本酒や焼酎と同じで各地方に多くのブランドが存在し 主にブランド名でよばれている。某国首都での代表的な白酒は、“二鍋頭”これも バカ高いのからめちゃくちゃ安い物まで多様である。ノーブランドの安物は、スーパーでも軽油ポリカンのようなガロン単位の大容量のポリ缶で売っている。これを年末のお歳暮でもらった同僚がいたが メチルアルコールのようでとても飲める代物ではなかったそうだ。

“五糧液“と肩を並べ“国酒 茅台酒“と宣伝される茅台(マオタイ)酒は、西の貴州省のブランドであるが ここまでブランド名が浸透すると 某国の代表的高級酒として全国の店に並ぶ。但し 一般の店で簡単に手に入る貴州茅台酒の90%は、偽物と言われており 本物は、なかなか手に入りにくいそうである。

 私は、一度だけ貴州省の省都貴陽市に出張で行った事があるが ここの政府の幹部が出張最終日に昼飯に用意してくれた“本物”という「貴州茅台酒」を飲んだことがある。彼ら曰く「貴陽でも本物はなかなか手に入らない」らしい。この“本物”どこが違うかと言うと 度数は50度以上もあるが 臭みが無く味がまろやかであること、そして すごいと感じたのは、飲んで酔いが回っても3時間もすると酒が身体から完全に抜けて酔いが残っていない事だった。この後 何十回も「貴州茅台酒」と名の付く白酒を各地で飲んだが そんな経験はその時だけであった。やはり“本物”は違う・・のかもしれない。

 白酒は、焼酎と同じ蒸留酒であるから 高粱など原料の質に多少格差があっても製造工程に大きな違いは無く 設備さえあれば大量生産で安く作れる酒である。焼酎と同じで 本来原価に大きな高低は出てこないはずである。要は、衣料品と同じでブランドで販売価格に大きな違いを出しているわけである。乱暴な言い方をすれば 例えば原価5元の酒でも 無名に近ければ30元でしか売れないが ブランド力があれば数百倍の値段をつけることができるわけだ。と言う事は、某国人民お得意のパクリの対象にもなりやすい。

酒タバコは、国家統制の品目であるので 腹黒い政府・役人の格好の儲け口にもなっているが、アングラの業者も乱入してすごい世界ができている。日本でもそうであるが 利き酒ができるプロ級などそうはいないので 皆高級な包装と瓶、値段を見て 銘柄を信じるほかないのである。闇で造った酒、または、安く購入した酒に高級ブランドの包装を被せて市場に流せば 仕入れを安く抑えたい買い手はいくらでもいるので このおいしい闇商売は増殖していく。当局の取り締まりも全く追いつかない。

白酒の銘柄はそれこそ日本各地の○○饅頭のように無数に存在し スーパーの酒売り場に並ぶ白酒のブランドは、省単位だけでなく市や町単位でも数多くの銘柄が出されているので 日本における日本酒のごとく有名無名にかかわらず棚にずらっと並んでいる。また其々に「本物」と「偽物」が存在するから複雑だ(笑)。

面子を重んじる某国人の性格だからこそ接待では有名ブランドを好んで使用するが この辺は、実のところ日本人も多分フランス人も違いはないだろう。ただ 度数の高い酒がより好まれるという所は、某国の特徴かもしれない。アルコール度数3040度のものが低度酒、50度以上が高度酒と区別され 接待となると面子にかけて高度酒が選ばれる。これをコップや中型のワイングラスに波々とを満たして 互いに飲み交わすのである。

さて 私の場合 市場開拓の為に大抵は接待をする側であったので 食事を始める場合にまずは相手に酒の種類を選んでもらう。「白にしますか? それともビール? 紅でも良いし 黄でもお好きなものを用意しましょう」・・・白とは、白酒。紅はワイン、黄は、紹興酒である。心の中では、客が白酒を選ばないように望むのであるが 先方が遠慮している場合「では、白にしましょう!」とこちらから畳み込む。何故なら たいていの場合 相手は、白酒を望んでいるが言い出しづらいだけなのである。まれに接待相手側から「いや 今日は軽いところで ワインで行きましょう」と言ってもらえば 「おっと、今日はラッキー!」・・・と内心ほっとするのであるが 普通その確率は高くなかった。

会食が始まる前に テーブルに並んでいる小型の酒杯は片付けられ ワイングラスに均等に白酒が注がれ 前菜がそろい次第乾杯が始まる。初対面だと ほぼ100%最初の1杯目から文字の通りの“乾杯“で グラスが空になるまで一気に白酒を空っ腹に叩き込むことになる。酷い時には、34回とこれが続き しばらくしてトイレに一度吐きに行かないと身体が持たない。すでに気心の知れた相手であれば ワイングラスの白酒を相手のペースを見ながら少しずつ飲み減らしていく方式で比較的楽になる。ただこの場合も飲む際は、必ず相手と杯を合わせるか 目で合図を送って同時に口にするのが通例であるから 自分のペースで飲めるわけではない。

接待相手も酒に強い若い衆を伴ってきている場合が多く、こいつらをけしかけて来るので接待する側は大抵苦しい攻防戦を戦い抜かねばならないのである。但しこちらがぶっ倒れても、これを機に気心の知れた仲になれれば、それで仕事に関しては一応成功なのだ。

 私の場合 某国での接待で3回救急車の世話になっている。一番酷かったのが 冒頭で書いた公安関係者との年末接待で酔いつぶれた時であるが 運転手が心配して救急車を呼んでくれたので助かった。

しかし 白酒とは実に怖い酒である。接待する側の私も 毎回用心して飲む量を調整しているつもりであるが ある程度量が入ると 用心しブレーキをかけていた警戒心がプツッと途切れて 盛り上げ役として驀進を始めている。そして いつの間にかに記憶が切れて分らなくなっている。こうして 赴任して最初の2年間に3度も救急車の世話になったが  2度目と3度目は、急性アルコール中毒ではなく 寝込んで返事のない私を見て運転手君が心配して救急車を呼んだだけで 病院での救命手当は受けていない。そしてその後の十数年はこうした失態は一度もない。

ここで申し上げておくが 私は、アル中患者ではないし 特に酒が好きなわけではない。酒は強いほうであるが晩酌派でもない。プライベートではたしなむ程度に飲むが 一人のときは、めったに酒を口にしない。焼酎一杯でホロ酔い気分になれるぐらいなのである。

白酒は、時に判断力を麻痺させてしまい 自制心を失う事もある怖い酒でもある。某国では、毎年数人の日本人駐在員が急性アルコール中毒であの世に召されていった。私の知人の一人も地方での接待で命を失っている。でも この危険を背負って某国では仕事をしなければ市場開拓など出来はしないのである。

某国で戦わなければいけない企業人にとって この酒を如何にうまく飲むかが肝要であり これはどうも政争を勝ち抜かなばならない某国共産党の幹部連中でも同じらしい。皆色々な対策を考えていたようである。

 ハードな飲みになりそうな接待がある場合、以下のような対策が有効である。

1.    接待に向かう前に 出来るだけ胃に物を入れておく チョコレートや油を使った副食で胃壁を防護しておく。

2.    接客テーブルでは、酒以外に飲料としてこってりしたヨーグルト飲料を注文して 飲酒の合間に飲めるようにしておく。酒以外は、マイペースで口に入れられるのでアルコールの希釈に役立つ。

3.    出来るだけ食事を先行させ腹にものがある状態で 酒を飲むように注意する。できれば最初に脂っこい物を常に胃に入れるようにして胃壁を守る。

4.    ある程度 食事と白酒で腹が膨れたら 出来る限り早めにトイレに行き 手を口に突っ込んでも胃の中のものを全て吐き出しておく、何もなかったように席に戻ったら ガンガン食い物を優先的に胃に入れておく。

他にも 某国の偉いさんからも幾つかの対策を聞いたが 誰にでもできるのは、この4点に限ると思う。体調が悪い時は、「今日は血圧が高いので医者から酒を止められた」など嘘をこいてでも飲まない事である。初対面の相手でなければ 大抵は理解してくれる。

 
各国それぞれに独自の酒文化が存在するが 白酒は確実に某国男子の平均寿命を縮めている要因の一つであっただろう。でも 白酒自体に罪は無い、問題は強い酒に頼った人間関係の構築や商売のやり方にあるのだ。相手を酔い潰した、酔いつぶれるまで飲み明かした、そうしないと友好関係が構築できない・・・この悪習を是正してもっと合理的な酒文化を構築できなければいけないだろう。

最近では、白酒の馬鹿飲みにも抑制がかかるようになって 首都でも白から紅に嗜好が変わりつつある。また 若い人を中心に白酒離れを起きてきているようで 接待も大人しくなってきている、良い傾向である。公安のどうしようもない連中たちも 勤務中に酒を飲んではいけないという当たり前のような「おふれ」がまず出て その次に飲酒運転したら警察官でも首にするという もっと当たり前の「おふれ」が続き 最近では現職がカラオケに行っただけで 解雇となる厳しい「おふれ」も出るようになって 漸く大人しくなってきた。

 日本でも大学の歓迎コンパで毎年急性アル中による死者が出ていた時代があったので 某国だけが特に酷いわけでもないし 最近、某国の若者も白酒を飲まない人種も増えたので この文化も次第に変化していくではあろう。しかし まだしばらくは農歴の春節を迎える前の12月〜1月になると接待が重なり 私の肝臓君は、悲鳴をあげる事になるのである。

                          (2016119日 記)

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